俳句的つれづれ日記
2015年11月09日 (月) | 編集 |
小学校高学年の時だったか、中学生になってからだったか。
川端康成の本を一冊買ってもらったことがある。
「伊豆の踊子」「たまゆら」「十六歳の日記」「油」などの短編が収録されていた。

そしてもう一作、収録されていたのが「乙女の港」なのだった。
ページ数からいえば、「乙女の港」がメインだったなー

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昨日、書店で見かけて、なつかしさのあまり購入。
私の持っていた本の挿絵は、もっと地味だったが、この文庫本には中原淳一の絵がたーくさん。
少女たちの友情――というには甘くて切ない、恋に似た感情の揺らぎ。

「川端康成作」とはなっているものの、実は原案者(下書き)は中里恒子。
川端康成がどこまで手を入れているかは、つまびらかにされていないようだけれど。

ま、それはそれとして。
少女小説として、これはひとつの完成形なのだろうなぁと思う。
嫉妬もあれば諍いもあるのだけれど、でも清い。 美しい。 花のように。
そして凛々しい。

私がよーく覚えている場面のひとつが、主人公の三千子が洋子の家に招かれたときの食事。

――笹の新葉で巻いた五目寿司、剖鳥(さきとり)と胡瓜の酢のもの、白身の刺身、パセリとアスパラガスを添えたガランデンビイフ、ハムとセロリのポタアジュ――

これがホント美味しそうだなあって思ったことを覚えている。
剖鳥は鶏肉を裂いたものだろうか。
「ガランデンビイフ」は、注釈によれば 「鶏のかわりに子牛か牛肉で包んだものか、もしくは鶏で牛挽肉を包んだものかと想像される」だそうで、なんにしても美味しそうぢゃ。

「ラシャメン」という言葉を知ったのも、この作品。
(外国人相手の遊女、あるいは外国人の妾となった女性のこと)

主人公の三千子は父を亡くしていて、同じ境遇の私には親しみが持てた。
もっとも、小説の三千子は夏休みを軽井沢で過ごすようなお嬢様で、ビンボーなうちとはえらい違いやったけど。

ああもう、とにかくなつかしすぎる。
『星の王子さま』や『コタンの口笛』も読み返したいなあ。
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